伊原監督の休養から気がついたちゃんと終わりを迎えていた黄金時代

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さよなら、鬼軍曹

なんだかんだ1年間は続けるんだろうな。

西武の借金が10を超えたのは4月27日の対ソフトバンク戦。

その時はまだなんとなく、そう思っていました。

ソフトバンクに3−14の大敗で35年ぶり借金10。

西武がクラウンライターから名称を変更した元年以来の記録。

この時、伊原監督は選手として西武ライオンズに所属していたと思います。

そして、私はその先の黄金時代からしか知らない、ファンです。

優勝してもあんまり騒ぎにならない西武ライオンズ。

そんなライオンズの記事が、負けることで多く並んでいるのを見ながら、

もう、5年々以上もリーグ優勝していないのに負けてニュースになるなんて、西武にはまだ常勝軍団のイメージがあるんだなあ。

と、そんなことを思いながら、ちょっと不思議な気持ちで記事を眺めていました。

伊原監督、休養へ

なんだかんだ契約は満了するだろう。

そう思っていた割に、この報道を聞いても特に思うところはありませんでした。

様々な記事がネットで流れていましたが、どれも見る限り「開幕2ヶ月で早すぎる無責任では?」という論調が多かったように思います。

選手との確執に触れた記事や、伊原監督のやり方が古いと言った記事も多く出ていました。

そのなかで、唯一、気になったのは「伊原監督はいつ辞めるという選択肢を考えついたのだろう」ということでした。

伊原監督はいつ休養を決意したのか

報道で出ている話を聞く限り、「交流戦ジャイアンツ戦の連敗で決めた」と伊原監督は話しています。

多分、偽りはないと思います。

ただ、それは「決断」したタイミングだと思います。

決断するまでには、「休養を願い出よう」と、自分の中に選択肢として意識し始めた時期が先にあったはずです。

伊原監督に期待していたこと

伊原監督に個人的に期待していたのは「育成」でした。

次の監督へチームのベースを作って引き継ぐ。

それが伊原監督の役割だと思っていました。

というか、そう勝手に期待していました。

そのへんは以前ブログにも書いています。

西武ライオンズがどこよりもはやく30敗達成。伊原政権の継続性とは?

もちろん、この期待は裏切られたわけですが。

ただ、それは伊原監督が継続していたとしても、裏切られていたのでは?

と、今は考えています。

伊原監督はミッションはあくまで「勝つこと」

シーズン始まるまえから伊原監督は「西武ライオンズの宿命は優勝」と言ってはばかりませんでした。

もちろん、「今年は育成メインですから、順位は気にしません」なんて監督はいないと思います。

なので、伊原監督の優勝宣言は「ハッタリ」だと思っていました。

なぜなら、今年の西武は育成の年だと、球団からメッセージを受け取ったと思っていたからです。

十分な補強をしたとは言いがたかったポストシーズン

昨年、一応2位でシーズンを終えた西武ライオンズ。

しかし、その後、抑え中継ぎを任されていたサファテ。

リードオフマン、打点マシーン、そして、ギャンブルな盗塁と攻撃に活躍したヘルマン。

さらに片岡、涌井と主要選手が抜ける中、これと言った補強をしなかった西武ライオンズ。

この意味はどう考えても「育成」だと思いました。

だからこそ、伊原監督の起用も育成なんだろうと。

その育成は選手だけでなく、コーチ陣への「西武魂の注入」だと。

そう思っていたからこそ、優勝発言をハッタリだと。そう思っていました。

だからこそ、負けが込んでも「監督は辞めない」。

そう思っていました。

でも、今思うと伊原監督は本気で、優勝をめざしていたんだなと。

勝つことを本気で考えた結果「自分がいらない」

今の最下位という成績で苦しくない監督がいたら、それは失格でしょう。

伊原監督も苦しかったと思います。

そして、本気で勝つ方法を考えていたと思います。

ただ、その中で「あ、俺がやめればいいんだ」と、考えたのはいつだったんでしょう。

伊原監督はご存知の通り、西武黄金期を支えたコーチです。

他球団でもコーチ監督を経験されていますが、「古巣」に帰ってきて

「あ、俺が居ないほうがこのチームは強くなれる」

と、思うことはかなり個人としては辛いのではないでしょうか・・・。

伊原監督の前政権を経験した選手は現在の選手にはほとんど居ません。

伊原監督が最後に指揮をとった時、活躍していたのは

楽天の松井稼頭央、中日の和田、ソフトバンクの細川、ロッテ監督の伊東、メジャーに行った松坂大輔などです。

今の選手で当時を知るのは、かろうじて栗山が2軍だったなあ。というとこではないでしょうか。

そして、今のチームは渡辺監督が作り上げたチームです。

伊原監督がそこに感じたものはなんだったんでしょう・・・。

必要ないのは自分自身?

伊原監督の休養のニュースをみながらふと、思い出した人がいました。

西武ライオンズが最後に優勝した年、2008年にコーチとして招聘された「黒江コーチ」です。

最後に西武ライオンズが優勝した時、ライオンズには黒江コーチがいました。

古いファンの方は御存じだと思います。

黄金時代に森監督とともに西武を指揮したヘッドコーチです。

ダイエー時代は王監督を支え初のリーグ優勝にも貢献した名参謀です。

西武ライオンズが最後に日本一になったのは2008年。

渡辺監督1年目ということで、まあお目付け役だったんでしょう。

タイプ的には、「嫌われ役」のコーチとして有名な黒江コーチ。

指導者としては、伊原監督も近いタイプの指導者だと思います。

そして、古い時代の指導者です。

渡辺監督のスタイルはこれまでの西武とは違う「自由奔放」なイメージでした。

そこにギャップはあったんだと思います。

黒江コーチが居たその年に優勝しました。

しかし、あっさり黒江コーチは退任します。

1年契約だったというのが理由ですが、「チーム内で浮いてしまったから」というのがもっぱらの評判でした。

あの年、西武は緻密な野球というよりは、「勢い」で勝ち切った感がありました。

それは黄金時代の頃から。さらに後の西武のチームカラーとはだいぶ様子が違ったんじゃないかなと思います。

1年契約でやって来た古参の指導者はその姿をみて何を感じたんでしょうか。

翌年もコーチとして契約しなかった理由は、契約年数じゃなかったんじゃないかなと思っています。

日本一を達成し、任期を全うした黒江コーチと、開幕2ヶ月で去ることになった伊原監督。

境遇は違えど、去り際はどこか似たようにみえました

開幕2ヶ月ではなく、10月から悩んでいたのでは

伊原監督は、キャンプの前から何か感じていたんではないでしょうか。

だから、こそ自分のカラーを出そうとしたんじゃないかなと。

それがたとえ古臭かろうと。

実際、「ちょっと時代錯誤だな」とは思いました。

でも、あれはある意味「俺にはこういうやり方しかできない」という宣言だったんだと。

今は思います。

確かに開幕2ヶ月で休養となれば、早すぎます。まして、自分から球団へ申し出ているわけです。

それは無責任じゃないだろうか。と思われても仕方ないかもしれません。

ただ、この苦悩が実は10月の頃から始まっていたとしたら。

伊原監督は8ヶ月悩み続けたんじゃないでしょうか。

何をやっても上手く行かない自分と闘いながら。

ここに自分の仕事はないと気がつく悲しさ

黒江コーチは、渡辺監督や、デーブ大久保、その他若い選手たちとの「ギャップ」はあったと思います。

実際あのとき西武ライオンズは渡辺監督や、デーブ大久保を中心にまとまっていました。

黒江コーチはそれをみて、「ここに俺の仕事はない」。

そう思ったんじゃないでしょうか。

そして、同じようなタイプで、黄金時代に黒江コーチとともに戦った伊原監督。

もしかして、伊原監督もそう思ったんじゃないでしょうか。

「そんなんプロなんだからなんとかしろ!」

と、言われるかもしれません・・・。

もちろん、プロの監督なわけですから責任を取るのは伊原監督です。

きっと伊原監督もいろいろ考えたと思います。

いろいろやりながらも全くうまく行かない現状の中、「あ。最初から自分が場違いなんだ」

そう考えるに至った時、最後に切れるカードは「休養」しかなかったんだろうなと。

もしかしたら、休養のカードはキャンプ中から?

伊原監督はどこかでこうなることをどこかで予感していたんじゃないでしょうか。

自分がチームで上手く立ち回れていないことは、伊原監督自身が一番わかっていたんじゃないでしょうか。

そのくらいわからない人じゃないと思います。

今のチームに馴染めないでいる自分の存在を感じていたんじゃないでしょうか。

そのことをコーチなどに気遣われていたんじゃないでしょうか・・・。

伊原監督がプライドが高ければ高いほど、それは許せなかったんじゃないかと。

さらに、勝てないという現実。

もちろん、擁護するわけでもないんですが・・・。

選手との確執は否定した伊原監督。

多分確執というほど、明確なものはなかったんだとおもいます。

でも、選手も監督も埋まらない溝は抱えていたんだと思います。

そして、その溝は、伊原監督に「俺がやめたほうがこのチームは勝てる」と思わせるに十分な距離だったんだと思います。

ちゃんと終わっていた黄金時代

そうして今思うのは、黄金時代がちゃんと終わってるんだな。

ということです。

西武ファンにはずっと前からわかりきった事かもしれません。

ただ、それは優勝回数とか、前回優勝から何年遠のいているとかではなく。

西武ライオンズがもうあのときとは、全く別のチームとして今あるんだなと。

そりゃ、人も親会社も、選手もみんな変わっているわけですから。

当たり前といえば、当たり前なんですが。

ちょっと、悲しいですけど。黄金時代は十分に遠い過去なんだなと。

田辺監督代行にかわって

田辺監督が現役選手時代にまさか、こうした形で監督に就任するなんて思ってもみませんでした・・・。

厳しい状態からのスタートですが、頑張ってほしいなと思います。

願うところとしては、田辺監督が思う野球をやってもらえたら。

それが一番であり、この先のライオンズのためであると思います。

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