Archlinuxをやめた理由

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大きな不満があるわけではなかったんですが・・・。

ArchLinuxをやめて、PCのOSをUbuntuへと変更しました。Ubuntuへ帰ってくるのは4年ぶりくらいでしょうか。

ArchLinuxやめた理由

1,PCの熱が気になる。

ArchLinuxを使用する前はLinuxMintを使っていました。これもとても良かったんですが、ちょっと冒険心を出して、「仮想環境にいれる」など考えずに、いっきにArchLinuxにしてみました。

ArchLinuxの使用感はだいぶ良かったのです。

しかし、この段階で気になっていたのは、LinuxMintと比較してノートPC(ThinkPad X1 carbon)が熱を持つようになりました。ファンが勢い良く回るわけではないのですが、これは対応の仕方が結局わからず放置してました。結局、それがずっと引っかかっていた。といった感じです。

2,使いたいアプリがないことが、ままある。

これは、最初からわかっていたことなので、理由としてあげるのはズルいですが・・・。ただ、予想以上にアプリがなく実際インストールしても、細かい点で不満がありました。また、選択肢がないアプリのインストールでトラブると悲しいです。まあ、そういう部分を解決していくOSなんですが・・・・。

pacman(debian系で言うところのapt-get)や、それを補完しくれるAUR(packerなど)があったんですが、使いこなせませんでした。

3,それならUnityでもいいじゃない?という認識が一周した感じ

Arch Linuxは「必要最小限」が売りのOSです。そこからGUI環境を用意したり、その他にも何かと自分で設定していく楽しみも多いです。ただ、UbuntuからLinuxMintへ移行した時は「Unity」は慣れない。という理由で移っていったんですが、なんだかArchLinuxを扱っていて、「これだけ手をかけるならUnityに慣れてみるのも面白んじゃないか?」と思ってしまったことでしょうか。ある意味また冒険心なのかも・・・。

4,ローリングリリースにそこまでメリットを感じなかった

ArchLinuxに移った理由の1つはこの「ローリングリリース」が大きかったです。
ローリングリリースとは、バージョンを設けるのではなく、断続的にバージョンアップしていく方法です。

Ubuntu系のOSはバージョン毎のリリースがあるわけです。

個人的には常に新しいバージョンを使いたいので、新しいバージョンが出るたびに試してみたいわけです。
ただ、OSをアップデートするのもそれなりに、大変です。

そういった私にはローリングリリースはピッタリじゃないかと。そう思っていたんですが、実際運用してみると「思っていた以上にローリングリリースであるためには、それなりに努力が必要」ということがわかりました。

ローリングリリースだからといって気軽にアップデートしてると痛い目に会います。設定全部ふっとばされたりします。ただ、それも自己責任です。そうした目に会わない対応をしていく事が必要になりますが、それはそれでバージョンごとのリリースがあるOSとどれぐらい差があるのかなと感じたことが多いでしょうか。

5,蛇口をひねれば、水がでる。アクセルを踏めば車は走る。それで良いのでは・・・。

ArchLinux だけでなくて、以前、Debianを使用していた時もそうなんですが、必要最小限の構成であるOSを使うことはPCとOSやソフトウェアの仕組みを知る上で非常に勉強になります。

でも、その仕組みを知らなくてもPCを使うことはできます。もちろん知っていることはプラスですが。

機動警察パトレイバーにこんなセリフが。

「蛇口をひねれば水が出る。アクセルを踏めば車が走る。それでいいじゃないか!」

それは、もちろんブラックボックスな世界の上に成り立ってるわけですが、それで成立する世界であれば、それは、それで十分なことじゃないかと。

まあ、ふとそう思ってしまったんですね。

色々と書いて見ましたが、結局大きな理由は「飽きっぽい」という事でしょうか。

しばらくは、Unityの世界に浸ってみようかと思います。

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